なぜICL手術を受けたのか?〜メガネ・コンタクトレンズ時代を振り返る〜




 

ICL手術の本を書くにあたって、改めて

「ICL前はどんな視力で生活していたのか?」

を振り返ってみました。

 

小学校中学年から異変が

目が悪くなり始めたのは小学4~6年ごろからと記憶しています。

ここでいう「目が悪い」とは、遠くが見えにくい「近視」ですね。

 

10~12歳で近視が進行し始めました。

毎年4月の視力検査が歳を重ねるごとに憂鬱になってきて、年々結果が悪化。

小学校高学年になる頃には、5 m離れてCの向きを当てる視力検査(ランドルト環)で、一番大きなCの向きが見えなくなっていました。

つまり「0.1以下の視力」になっていたのですね。

 

小学校低学年の頃は、中くらいのCまで見えていたので、小学4~6年で一気に悪化したのでしょう。

しかも、あの頃の僕は、眼鏡をつけるのが恥ずかしいと感じていました。

目が悪いにもかかわらず、裸眼で遊んだり授業を受けたりしていました。

 

もちろん、後ろの席だと黒板が見えなくなるほど。

そこで編み出したのが、

目を細めるという技

です。

目を細くすると、黒板がよく見えるようになり、文字を識別できたのです。

 

また、テレビゲームをする時も、クリアに見えずパフォーマンスが低下していました。

そこで僕は、目を細めると同時に顔を傾けて、右目で睨んでゲームしていました。

なぜか顔を傾けると、キャラクターの動きがよく見えるようになったので不思議です。

友人から

「顔斜めになってるよ笑」

と、からかわれるまで気づかなかったので、無意識でしたね。

 

眼鏡は中学生から

日常生活に支障をきたすほど目が悪かったので、中学からはメガネ。

ただ、メガネ常時は恥ずかしかったので、授業中だけ。

部活動は陸上部。

走ることが主でしたが、その時はもちろん裸眼です。

体育祭でトラック競技に出場しましたが、裸眼で走ったら線の内側を走っていたらしく失格になった悲劇もありました。

 

授業以外ではメガネをつけていませんでしたから、7~8割はぼんやりとした視界で生活していました。

目が悪いので、友達とすれ違っても、誰かわかりません。

挨拶できないので、下を向いて歩く「暗い少年」になったのは、この頃だったと思います。

視力は内面にも影響しますね。

 

高校3年時にコンタクトデビュー

「授業中だけ眼鏡」というスタイルで生きていたら、気づいたら高校生に。

メガネを新調するごとに視力が悪くなっていくではありませんか。

いつ近視の進行が終わるのか、不安だったのを覚えています。

 

そんな不自由な息子を見かねて、両親、そして、シスターからコンタクトレンズをすすめられます。

高校3年生になってコンタクトデビュー。

今でも地元のメガネ屋に行ったことを覚えています。

洗浄が必要な「ソフトコンタクトレンズ」を買ってもらいました。

 

そして、購入時にメガネ屋のお姉さんにコンタクトレンズの付け方を1:1で教えてもらいました。

初めてのコンタクトは難しいらしく、お店で練習したのです。

お姉さんいわく、

「女性は目を触るのに慣れていますが、男性は苦戦する方が多いですよ」

とのこと。

何回か失敗を繰り返す中、ようやく着用に成功。

「すごい、男性にしては早いですよ」

とお姉さんに持ち上げられ、ほくほくの状態で店を後にしたのを覚えています。

 

メガネからコンタクトレンズにしたら「別世界」が待っていました。

まず、物心ついてから自分の顔を初めてはっきり見ました。

今まで、眼鏡なしでは顔が見えなかったのです。

コンタクトレンズして鏡を見て、自分の顔が初めてわかったのです。

こんなに毛深かったのか、と。

コンタクトには「自己認識能力向上」の効果もあると思いますね。

 

また見え方も違いました。

メガネは「レンズがない部分の視界」も組み合わさって見えるので、360度くっきり見えません。

一方、コンタクトレンズは角膜の上に装着します。

そのレンズを通して見るので、くっきりとした視界になります。

「こんなに世界は美しかったのか」

と、初めて世界の本当の姿を見たのでした。

 

しかしながら、コンタクトレンズは煩わしかったです。

使い方が分からず、消毒液を目に入れそうになったり、危険の連続。

そして、レンズを外して洗ってケースに入れる手間も発生。

 

また、コンディションによっては、コンタクトレンズが取りにくい時もあります。

何度も何度も目を触って、ようやく取れることもしばしば。

今思えば、毎日のように目を触っていたので、コンタクトレンズの衛生管理は難しいと振り返ります。

 

1日使い捨てのコンタクトレンズに変更

そんな感じで、ソフトコンタクトレンズを3年ほど使いました。

洗浄が面倒くさく、衛生的にも少し不安だったので、

ワンデイに路線を切り替えました。

 

眼科に行くのが面倒くさかったので、Amazonでワンデーのコンタクトレンズを定期的に購入。

当時、ぼくのコンタクトレンズの度数は「-5.5D」。

Dは「ジオプター」と呼ばれる単位です

 

「-5.5D」は、手元約18cmまでしか焦点が合わない視力で「強度近視」の「-6.0D以上」の一歩手前。

年々近視が進行して不安になっていました。

 

なぜ、ワンデイコンタクトに切り替えたのでしょうか?

それは「煩わしさを解消する」ためです。

洗浄しなくていいですし、衛生的にも問題なしと思っていたのですね。

 

ただ、検査の上で購入していないので、完璧に目に合っていなかったのでしょう。

コンタクトレンズ周りのトラブルが定期的に発生していました。

眼内でコンタクトレンズが割れて破片が残ったり、日によってはコンタクトレンズが入らず、メガネで出かける時もありました。

ワンデーと言えど、危険なことには変わりありませんでした。

おとなしくメガネに戻ればよかったのですが、コンタクトを1度知ってしまうと戻れません。

休みの日を除いて、無理してでもコンタクトで出かける日々を送っていました。

 

フリーランスになって、レーシックに興味を持つ

その生活を会社員になっても続けていました。

しかも、社会人になると、週5日で出勤しますからさあ大変。

コンタクトレンズをつけ続けるのは明らかに無理がありました。

 

しかし、そんなコンタクトレンズで過ごした会社員生活も1年半で終了。

まったく自由なフリーランスになってしまいました。

 

フリーランスになると、人に会わなくなるので、

「眼鏡でいいや」

と思うようになり、6~7割はメガネで生活。

 

フリーランスになると「自分で税金を納める」という変化もあります。

義務教育では税金の勉強をしなかったので、突如、税金や節税を勉強しはじめました。

そのなかで知ったのが、

レーシックが医療費控除適用になること。

近視は「病気の一種」として扱えるので、レーシックは健康目的の治療になるのだとか。

つまり、レーシック手術費用は医療費控除を適用できるので、手術費用が節税につながると気づいたのです。

 

「レーシック受ければ目が良くなるし、節税もできるのか神かよ・・・・」

とレーシックに興味が出てきました。

学生の時も、チラホラとレーシック手術を受けた友人がいたので、レーシックの存在は知っていました。

しかし、手術の検討までには至らなかったのです。

まあ、金もありませんでしたからね。

 

そして問題だったのが、どのクリニックで手術を受けるか、ということ。

目の手術ですから「信頼できるクリニック」を選びたいところです。

 

そんな時、ホリエモンの『「め」は大事』に出会いました。

レーシックだけではなく、

  • ICL
  • オルソケラトロジー

など最先端の矯正手術を紹介していました。

 

そこで興味を持ったのが「ICL」です。

レーシックは角膜を削って光の屈折具合を変化させ、網膜で光の焦点を結ばせる手術。

一方、ICLは角膜を削らずに、眼内にレンズを挿入する手術でした。

しかも、ホリエモンが手術したクリニックも紹介してくれているではありませんか。

「それじゃあここにしてみるか・・・・・」

とホリエモンがトリガーになってICL手術を受けました。

節税にもなるし、これまで悩んできた近視問題が解決するなんて最高じゃないですか。

 

なぜ、レーシックではなくICLかというと、レーシックだと角膜を削る不安があったからですね。

一度やってしまうと元に戻れず不可逆なわけです。

一方、ICLは角膜に切れ目を入れて、レンズを虹彩と水晶体の間に入れます。

原理的に言えば「レンズ取り出しは可能」で「可逆の手術」と考えたのです。

 

また、ICLの体験者が少ないのも魅力でした。

手術を検討していた当時、周囲にはICL経験者がいませんでした。

僕は生まれながらの「あまのじゃく体質」なので、挑戦者が少ないほどやってみたくなるのです。

そんなこんなでICLを受け、こうしてICL手術の体験記を本にするまでに至っています。

 

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